ジョン・ダニングはキング嫌い?

『死の蔵書』*1 を読書中。その作者ジョン・ダニングは、もしかしてスティーヴン・キングが嫌い?と思うような部分があって、私もどちらかと言えば好きではないし同感だと思ったので、他人ごとだから笑わせてもらった。

「われわれが生きているこの時代では、スティーヴン・キングの初版本にマーク・トウェインの初版本と同じ値段がつき、しかもその十倍は売れる。なぜなのか、説明してもらいたいものだ。私にはわからない。おそらく現代の人間は知性よりも金を多く持っているのだろう。それとも、このキング・ブームの背景には、私の理解を超える何かがあるのだろうか。私はしばらく前に『ミザリー』を読み、すごい小説だと思った。誘拐の恐怖を緻密に描いた点で、ファウルズの『コレクター』に匹敵する。ファウルズを現代の文豪の一人とみなしている私がいうのだから、これは最大級の褒め言葉だろう。そのあと『クリスティーン』を呼んだが、まるで別人が書いた本のようだった。あんなできそこないの小説はほかに読んだことがない」


「近ごろ気にいらないのは、商才と文才とを取違えている者が多いことだ。とにかく最後まで読んで、いったいこれにはどんな意味があるのか、何が書いてあったのか、と自問してみればいい。そうすれば、たいがいは中身が何もなかったことに思い当たるだろう。何か意味のあることを書くという義務から解放された作者には、怖いものは何もない」

それでは、ダニングは純文学しか認めないのか?というと、そういうわけでもないようだ。だいたい自らがミステリを書いているわけだし。

「純文学至上主義者が現れたときには、うちにある新品同様の『湖中の女』、あのレイモンド・チャンドラーの長編に、千ドルの値段がついていることを教えてやる。そうすると、溜飲が下がるのを覚える。批評家に褒められ、今ではとっくに忘れられている芸術派や文学派の作品を束にしても、それだけの値がつくことはないだろう。探偵小説そのものに悪いところはない。問題はただひとつ、上手に書いてあるかどうかだけだ」

ははは、なるほどね〜という感じだ。私なんかは面白ければ何でもいいのだから、ジャンルにはこだわらないし、高く売れるからとコレクションするわけでもないので、こういう話は単なる知識としてへええ〜と思うのだが、キングに対する批判には、大きく頷いてしまったなあ。


この話の時代設定は1986年。余談だが、この頃アン・ライスの『夜明けのヴァンパイア』は300ドルだったそうな(現在600ドル)。ほかに推定だが、

などなど、なかなか興味深い。しかし、いくら高額になっているとはいっても、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(現在1500ドル)なんかは、全然欲しくないなあ。くれるっていうなら貰っておいてもいいけど、基本的に私は自分の好きな本しか集めてないから、どんなに高値でも、嫌いな本がコレクションに入っているなんて、自分的に許せないだろう。


でも、こういう取引は当然あってしかるべきだと思う。その本の価値が正当に評価されているなら。昨今、何でもかんでも100円で売っているというのは、買うほうにとってはいいが、作家や出版社にとっては苦々しい気分かも。またせっかく価値のある本でも、売るときには100円もしないというのも悲しい。中身なんかどうでもいいという商売は、私には何とも虚しく感じる。欲しいと思っていた本が100円で売っていたら、ちょっと嬉しいとは思うけど、新品を定価で入手できたときのほうが、数倍嬉しいと思う。